神さまの名札 第七話

「かみさま、かみさま」

杉の幹にもたれかかる長身の鬼は
子供の声が耳から離れず
腕組みをしたまま うつむいていた。

昨日、たぬきと共に尾行を始めたリクサツは
山道を下り
橋を渡り
町中へと入り
このあたりから たぬきは犬のフリをしてワンワンと鳴き始め
ついには子供の帰る家へと辿り着いた。

そこで姿なき鬼は全てを目にし、知った。
子供の名が典八ということ
居候であり、孤独にいること
目的である名札が小筒に隠されていること…

リクサツがなにもせず、典八のもとから去ったのは
いつでも取り返せるという慢心からだろうか。

「…」

家族となるべき大人たちから疎まれ 家の隅へと追いやられている少年。
人間たちに蔑まれ この一本杉に縛られている自分。
リクサツは典八に自分の姿を重ねていた。

「なんか、カワイソウな小僧でしたね」

言いながら、たぬきがいわしカレーを手渡して来た。
いつのまに。

「…マァ、コのご時世ダ…ヨくアるハナシだロ」
受け取るリクサツは自分に言い聞かせるように呟いた。

「…今日も来ますかねぇ?」
「サーナ」
「腹を空かしてそうでしたねぇ。途中で倒れてなけりゃいいけど」
「!?」

リクサツは受け取ったカレーを
そっと杉の根本に置き、その場を離れた。

「…旦那」
「ン?」
「なにしてんです?」
「…ナニガ?」
「カレーですよ…地面に置いたりして」
「…置イテみタ」

たぬきは目を細めた。

「『踊ってみた』みたいに言ってもダメですぜ
ひょっとして…あの小僧に食わせようってんですかい?」
「… エッ?」
「いやもう…そういうの、やめましょう面倒くせえや。
第一、人間が地面に置いてあるカレーなんて…
怪しんで食うわけないじゃないですか、
犬猫じゃないんだから…そりゃ旦那は何でも食べるんでしょうけど」

このあと、鬼とたぬきは ちょっと本気の喧嘩をした。

ーーー

この日、一本杉参りに訪れた典八は
間近でたぬきの姿を見た。

一歩近づけば 一歩離れ
繰り返すうち 気付けば たぬきを追いかけており
やがて 眼前に山菜の茂る野原が広がった。

典八は夢中で採取すると
その半分を一本杉の根本に置き 帰って行った。

次の日も その次の日も
たぬきが現れては 山菜やサワガニの取れる場所へと案内した。

そして、その日は来た。
典八の兄が烏菜木基地を離れ 鹿児島へと飛び立ったのだ。

ついにリクサツが十郎を襲うことは無かった。
大きく離れたことで標的の正確な居場所の感知が出来なくなり
それでも遥か南方に移動したことだけは把握した 姿なき鬼は
「オシイコトをシた…」
と笑ってみせた。

 

もうすぐ典八がやって来る。
今日はなにを食わせてやろうか。
リクサツは たぬきと相談を始めた。

 

この時代 この土地に生きたものが
決して忘れることのない出来事
後世において C県戦災調査報告書の一頁を埋めるものが
すぐそこまで迫っていた。