陽の光を受け 子供が山道を登っている。
痩けた頬に笑みをたたえつつ
小さい手に写真を握りしめ、細い足で懸命に走っている。
今年9歳になるその男子、名を典八(のりはち)と言った。
典八は航空基地建設のため立ち退いた住民の一人であり
先祖伝来の土地とほぼ同時に肉親も亡くしていた。
基地関連施設の建設労働に奉仕していた父親は
完成したばかりの掩体壕に押しつぶされた。
壕を形造るコンクリートが固まっていたのはその表層だけで
内部をあらためている最中、天井が崩れたのだ。
工期短縮のため無理を進めた監督者の責任は重い。
家を無くし 父を無くし、頼るものがない典八は近場に住む親戚宅に居候した。
兄弟は多くいたが、病に倒れ戦で亡くし
いまでは離れて暮らす者がひとり残るのみだが…
これを頼ることは叶わなかった。
烏菜木町は多くが農家であり、食糧事情は決して悪くなかった。
しかし、後ろ盾となるものを無くした年少の居候が
どのような扱いを受けるのかは想像に難くない。
典八は過酷な日々を送ることになった。
ーーー
この時代、地域に住む人間にとって「一本杉の呪い」は広く知られていた。
そこそこの頻度で 憎き相手に災いあれ、と似顔絵を貼り付けに来るものがいた。
しかし、それでもリクサツが人間を喰うことは希であり
これには幾つかの事情が重なっていた。
一本杉詣でに参るものたちは深夜に訪れたこと。
リクサツが夜は寝る、昼型の鬼だったこと。
そして、夜のウチにたぬきが貼られた似顔絵を剥がしていたこと。
後ろめたい者たちが夜陰に紛れるのは当然で
自由に人間を襲えないリクサツが 夜起きてても仕方ないし寝るわ、
と昼型になることも半ば必然であった。
たぬきはリクサツを相手に商売をしていた。
毎日のように、いわしカレー定食を売りつけていたのだ。
リクサツが人間を喰えずに腹を空かしていることは
たぬきにとって好都合であり、
一本杉に貼られる似顔絵は商売の邪魔でしかなかった。
従って、似顔絵がパンと貼られる度に
ベリっと剥がして無かったことにしていた。
リクサツはいわしカレーの日々を送り
健康ではあったが、欲求不満だった。